こんばんわにゃんこです。
来週の「麒麟がくる」は金ケ崎の戦いを乗り越えた織田家が反撃を開始するところから始まります。
ですが、織田家は反撃することに失敗し、多くの敵に囲まれて辛い時期を送ることになります。
一体どれほどの敵に囲まれていたのか、歴史に詳しくないにゃんこが分かりやすくご紹介していきたいと思います。
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4つの敵に囲まれていた織田家
「金ケ崎の戦い」を乗り越えた織田家ですが、この戦いの以降多くの敵に囲まれて数年の間、いつ滅亡してもおかしくない危機的な状況へ追い込まれることになります。
一体どれほどの敵に囲まれていたのか。
ざっくりお話しますと4つの強大な勢力が織田信長の敵として立ちふさがることになります。
ここからは1570年に発生した「金ケ崎の戦い」が終わった後に登場する織田家の敵勢力について、ご紹介していきたいと思います。
織田家の敵その1:三好家三人衆
織田家が足利義昭(あしかがよしあき)を連れて京都へ来た際に敵であった三好三人衆。
三好三人衆は織田家の大軍の攻撃を受け、京都から撤退し本拠地である阿波(あわ)へ撤退していましたが、織田信長が朝倉・浅井の軍勢によって危機に陥った事を知ると、阿波(あわ)から出陣し、摂津(せっつ)に上陸し、織田軍の敵として戦うことになります。
織田家の敵その2:朝倉家・浅井家・比叡山延暦寺
「金ヶ崎の戦い」で織田家を窮地へと追い込んだ朝倉家・浅井家。
朝倉家・浅井家の両家も「金ヶ崎の戦い」以降も織田家の敵として戦っていく事になります。
また比叡山延暦寺も朝倉家・浅井家に協力し、織田信長にとって「金ヶ崎の戦い」以上につらく、苦しい時期がやってきます。
織田家の敵その3:本願寺門徒宗
織田家の敵は上記で紹介した勢力だけでなく、日本各地で勢力を持っていた本願寺門徒宗も織田家の敵に回ります。
本願寺勢力の本拠地は大阪ですが、伊勢長島(いせながしま)・越前(えちぜん)・加賀(かが)など各地にありました。
この強大な勢力である本願寺門徒宗と織田家は数年にわたって戦いを継続することになります。
また余談ですが、織田信長の弟である織田信興(おだのぶおき)は本願寺門徒宗の攻撃を受けて討ち死に。
他にも美濃三人衆(みのさんにんしゅう)の一人である氏家卜全(うじいえぼくぜん)も討ち死にしております。
このように本願寺門徒宗は織田家の家来衆を多く倒し、織田家にとって最大の敵として立ちはだかることになります。
四方を敵に囲まれる織田家
織田信長は1570年「朝倉家討伐戦」を開始したことがきっかけで、多くの敵を作ることになります。
更に翌年1571年には「甲斐の虎」のあだ名を持つ武田信玄(たけだしんげん)が、織田家の同盟相手である徳川家康の領地へと攻撃を開始した事がきっかけで、織田家に対して敵対行動を開始します。
このように織田家は1570年を境にして辛く苦しい戦いを強いられることになり、「麒麟がくる」でも彼ら敵対勢力との戦いを見せ場の一つとして、大きく取り上げるのではないでしょうか。
まとめニャのまとめ
今回は織田信長が行った「朝倉家討伐」をきっかけにして、織田家に敵対した勢力についてご紹介しました。果たして「麒麟がくる」では織田家と敵対したどの勢力との戦いを大きく取り上げるのか。
今後の展開に視聴者の皆様は大きな期待を寄せているのではないでしょうか。
ここからは今回の記事のまとめをしてきたいと思います。
「麒麟がくる」朝倉家討伐がきっかけで織田家の周りは敵だらけ!?いくつの敵に囲まれていたのかをご紹介
- 「金ヶ崎の戦い」以降、織田家の周りは敵だらけ
- 大きな5つの勢力が織田家の敵に回る
- 三好三人衆・朝倉家・浅井家・本願寺勢力・比叡山延暦寺
- 翌年には甲斐の虎・武田信玄も敵に回る
- 織田家にとってつらくて長い戦いが始まる
以上になります。
このブログでは今回の記事の他にも
- 「麒麟がくる」織田家家臣の序列で一番は誰!?織田家家臣団を勝手にランキング!?
- 「麒麟がくる」三好三人衆って「麒麟がくる」のキーマン!?明智光秀や松永久秀とも密接にかかわった三好家の家老達をご紹介!!
- 「武田信玄と上杉謙信」どっちが強いの!?両者の強さを5分で解説!!
などの記事も掲載しておりますので、通勤途中やお昼休みなどの空き時間に読んでみてはいかがでしょうか。
それではまた次回もこのブログでお会いしましょう。
参考文献 吉川弘文館「織田信長」など
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