ニャンコです。
今回ご紹介するのは織田信長と朝廷との関係についてです。
織田信長は朝廷とあまり関係が良くないと言われていましたが、色々な研究がなされた結果、織田信長と朝廷の関係は良好な関係を築いていたようです。
その証左として今回は織田信長が行った軍事パレードである馬揃え(うまぞろえ)から、歴史に詳しくないニャンコが分かりやすくまとめてご紹介していきたいと思います。
本当に織田信長と朝廷の関係が良好であったのでしょうか。
織田信長の軍事パレードは朝廷を威圧する為?それとも元気づけよとしていた?
織田信長は京都で馬揃え(うまぞろえ)と呼ばれる軍事パレードを開催する為、明智光秀に準備をするよう命令を下します。
織田信長が京都で行った馬揃えと呼ばれる軍事パレードの目的はいったい何なのでしょうか。
馬揃えの目的は今まで天皇の位から退かない正親町天皇(おおぎまちてんのう)を織田信長が強大な軍事力を見せつけて朝廷を威圧する為に行われたと伝えられてきました。
しかし昨今は織田信長と朝廷との関係に対する研究が進み、織田信長が馬揃えを行った目的は朝廷を威圧する為に開催したわけではない事が判明しました。
ではいったい織田信長はどうして馬揃えを京都で開催したのでしょうか。
一つは京都で馬揃えをすることで、朝廷を元気づけようとする目的でした。
朝廷では馬揃えが開催される前の年に誠仁親王(さねひとしんのう)のお母さんが亡くなってしまった事が原因で朝廷全体の空気が鬱々としていました。
そのため織田信長は朝廷の鬱々とした雰囲気を元気づけようとして馬揃えをしたのではないかと言われております。
その証左として誠仁親王の母親の忌明けに開催しております。
またもう一つの馬揃えをした理由として織田信長が畿内の敵対勢力を倒し、天下統一へ向けて進んでいる事をアピールする目的がありました。
織田信長は馬揃えをする前年、長年敵対していた本願寺(ほんがんじ)と和睦して、京都近辺の敵対勢力を無くすことに成功。
更に羽柴秀吉・柴田勝家・明智光秀などの司令官達が織田家に敵対する勢力を倒して、領土を織田家の領土を拡張していました。
この結果、織田家は京都で馬揃えを開催した天正9年の時点で10国ほどを持つ強大な勢力へと成長していました。
そのため織田信長は織田家の勢力拡大を祝うと共に、織田家の軍事力を各地の大名へ見せつける為のデモンストレーションであると言われております。
大勢の参加者でにぎわう馬揃え
織田信長が京都で開催した馬揃えに織田家の家来達や一門衆、近隣の大名、公卿など多くの人々が参加します。
例えば織田家の家来衆では柴田勝家、丹羽長秀、明智光秀らが参加時ます。
また公卿衆では近衛前久(このえさきひさ)を筆頭に11人ほどが参加。
更に一門衆では織田信忠・織田信雄・織田信孝などが参加します。
他にも近隣からの大名達も馬揃えに参加し、馬揃えの主催者である織田信長も派手な身なりで登場し、京大いに盛りあがったイベントでした。
正親町天皇も大喜び
正親町天皇は織田信長が開催した馬揃えを見学し、すごく喜びました。
その証左として正親町天皇は織田信長へ「これほど面白いイベントを見たのは久しぶり。とってもめでたきことである」と使者を派遣して誉めています。
更に正親町天皇は織田信長へ「もう一度このイベントが見たい」とリクエスト
織田信長は正親町天皇のリクエストに応えて安土城で再度馬揃えのイベントを開催したそうです。
このように織田信長は馬揃えをして朝廷に圧力をかける為に軍事パレードをしたわけではなく、朝廷に元気になってもらいたい目的と近隣諸国へ織田家の軍事力を見せつけるデモンストレーションとして開催したイベントでした。
まとめにゃのまとめ
お久しぶりのまとめニャです。
ご主人に人間にしてほしいとお願いしてイラストを描いてもらいました。
どうですか。
可愛くなっていますか。
さてまとめニャの感想はこれくらいにして本日の記事のまとめをしていきたいと思います。
織田信長は朝廷と仲良しだった!?軍事パレード馬揃えから見る朝廷との関係とは!?のまとめ
- 織田信長は朝廷を元気づける為、馬揃えを開催
- 馬揃えには一門衆・家来衆・公卿衆などの大人数が参加
- 正親町天皇は馬揃えを見て大喜びし、織田信長に喜びの手紙に加え、馬揃えを再度やってほしいとリクエスト
- 織田信長は正親町天皇のリクエストに応えて安土城で再度馬揃えを開催
以上になります。
このブログでは今回の記事の他にも
- 「麒麟がくる」織田信長の息子達を紹介!!織田信長の息子達で登場するのは誰か予想してみた!?
- 「麒麟がくる」織田と浅井を結んだ美女・お市もついに登場!?織田信長の妹・お市の方を5分で逸話を含めてご紹介!!
- 森蘭丸は「麒麟がくる」に登場するの⁉森蘭丸の経歴と登場する可能性について考えてみた!!
など人気大河ドラマ「麒麟がくる」にまつわるお話や戦国時代の大名についてなどの記事もたくさん掲載していますので、お時間ある時にご覧頂けると幸いです。
それではまた次回もこのブログを見てくださいね。
参考文献 信長公記 中公新書など
0 件のコメント:
コメントを投稿