【麒麟がくる】明智家の重臣・明智左馬之助秀満はどのような人!?エピソードが豊富な明智光秀の股肱の臣!!

2020年3月23日月曜日

明智光秀との関連性の深い人物 麒麟がくる

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明智左馬之助(Wikipediaから引用)

明智光秀が主人公の大河ドラマ「麒麟がくる」。

有名で人気の高い俳優さんや女優さんがいっぱい登場しているので、若い方にも人気の高い大河ドラマで話題を博しています。

さて今回は「麒麟がくる」に登場する明智光秀の一族になった明智左馬之助(あけちさまのすけ)について紹介していきたいと思います。

「麒麟がくるに登場している明智光秀の家臣・左馬之助の事を知りたい!!」や「明智左馬之助秀満ってどんな人なの」などを知りたい方へ向けた記事になります。

5分で分かりやすく解説していきたいと思いますので、ご覧いただければ幸いです。

明智左馬之助は明智一族じゃなかった!?

明智左馬之助。

彼は明智の苗字を名乗っていますが、元々明智一族の人間ではありませんでした。

どうして明智の苗字を名乗っているのか。

この謎を解く前に彼が明智の苗字を名乗る前の苗字について紹介していきたいと思います。

備前の名族三宅氏

明智左馬之助は元の苗字を三宅氏(みやけし)と言いました。

左馬之助の三宅氏は備前の名族である児島氏の子孫を呼称しており、この地の三宅氏の出身の人物であったとされています。

しかし左馬之助は三宅氏説以外にも、明智光秀の従兄弟である説や塗師の子であったり様々な説がありますが、決め手に欠けております。

そのためここでは明智左馬之助の出身は備前の国の三宅氏と言うことで話を進めていきたいと思います。

明智光秀の娘を奥さんにした事で明智の苗字を名乗ることに


三宅氏と名乗っていた左馬之助ですが、いつ頃から明智の苗字を名乗ることになったのでしょうか。

それは明智光秀の娘を奥さんにもらってからです。

明智光秀の娘は細川忠興(ほそかわただおき)に嫁いだお玉以外にも娘がいました。

その娘は織田家の出世頭として有名な荒木村重(あらきむらしげ)の長男・荒木村次(あらきむらつぐ)と結婚。

しかし荒木村重は織田信長に反乱を起こしたことがきっかけとなり、荒木氏と離縁することになります。

こうして明智家に戻ってきた村次の奥さんですが、その後明智左馬之助と結婚することになります。

そして三宅氏の苗字を名乗っていた左馬之助は明智光秀の娘と結婚した事で、明智の苗字を名乗ることになり、明智左馬之助と呼ばれることになります。

明智左馬之助は織田信長が籠る本能寺攻撃に参加

本能寺での戦い(Wikipediaから引用)

明智左馬之助は丹波福知山(たんばふくちやま)の城主となって、この地を治めたり活躍します。

その後明智左馬之助は戦国時代を大変化させた本能寺の変(ほんのうじのへん)に参加。

しかし明智左馬之助は明智光秀の謀反に反対していました。

明智左馬之助は明智光秀から「織田信長に謀反をおこそうと考えている」と相談を持ち掛けられます。

明智左馬之助は「殿。織田信長に謀反を起すのはやめた方がいいと思います」と反対。

明智光秀は明智左馬之助に反対された後、他の家老達にも同じように相談します。

明智家の家老である斎藤利三(さいとうとしみつ)や他の家老達は光秀の相談に賛成。

その後明智家の会議が開かれた時、再度織田信長に反乱を起こすかどうか決議を行います。

この時明智左馬之助は再度反対しますが、他の家老衆が明智光秀の意見に賛成していた為、明智左馬之助も反対することを止めて、明智光秀の謀反に賛成します。

こうして明智光秀は家老衆全員の賛同を得た後、本能寺へ向けて出陣。

明智左馬之助は明智軍の先鋒として本能寺攻撃に加わり、織田信長を逃すことなく討ち取ることに成功します。

明智左馬之助は織田信長の居城であった安土城を攻略し、この地に留まることになります。

坂本城へ帰還

坂本城の城郭模型(Wikipediaから引用)

明智左馬之助は安土城に留まっていました。

しかし明智光秀は中国地方の大軍閥である毛利氏との戦い明け暮れているはずであった羽柴秀吉が急遽大阪まで帰ってきます。

その後羽柴秀吉は明智光秀率いる軍勢と山崎の地で戦い、敗北した事を知ります。

明智左馬之助はすぐに安土城を引き払って、明智家の居城である坂本城へ向かって言撤退していきます。

伝説の湖水渡り

明智左馬之助は坂本城へ帰還しますが、坂本城へ至る道に堀秀政(ほりひでまさ)の軍勢が布陣している事を知ります。

そのため明智左馬之助は騎馬に乗って琵琶湖の中に入り、そのまま琵琶湖を渡って坂本城へ入城します。

馬に乗りながら琵琶湖を渡ることは甲冑をすべて脱ぎ捨てたとしても、かなり難しいと思います。

戦国時代に琵琶湖を渡ったと言われるのは明智左馬之助だけで、彼の馬上術がとんでもなく優れていた事を表すエピソードだと言えるでしょう。

戦火で失うことを恐れた品々を敵将へ託す

明智左馬之助は湖水渡りの伝説を残しますが、他にもいろいろとエピソードが残っています。

明智左馬之助のエピソードの一つに美術品の喪失を恐れたエピソードが残っています。

明智左馬之助は坂本城に帰還すると、この地で抵抗しても勝つことは難しいと考え、坂本城を包囲していた堀秀政の軍勢へ様々な名物をすべて渡してしまいます。

しかし明智左馬之助は明智光秀が大切に保管していた郷義弘の脇差だけを渡しませんでした。

堀秀政は坂本城へ使者を送って「どうして郷義弘の脇差だけを送らないのか」とたずねます。

すると明智左馬之助は「この品は殿が大事にしていたので、私が亡くなった後、殿の元へ行って渡そうと思っている」と述べます。

この事を知った堀秀政は感激し、郷義弘の引き渡しを再度通告することなくおとなしく引き下がります。

その後明智左馬之助は奥さんを自分の手で殺害した後、自らも自害して坂本城と一緒に炎の中で消えていくのでした。

明智左馬之助は戦国時代の武将には珍しく美術品に価値を見出していた事がこのエピソードでお分かりになったかと思います。


管理ネコ・ボスの一言



ボス「今回は「麒麟がくる」に登場する明智左馬之助について紹介したにゃ。

明智左馬之助を知っている人はかなり少ないと思いますが、今回の大河ドラマでかなり知名度があるんじゃないかにゃ。

そうなれば、明智左馬之助と吾輩がコラボして、明智サマニャスケなんてキャラクターが登場するかもしれないにゃね。」

参考文献 吉川弘文庫 明智光秀など

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